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小城羊羹の由来

小京都として知られる小城は、桜の名所でもあり、平成二年には「桜の名所百選」にも選ばれました。

小城の羊羹はこの桜にちなんだ「櫻羊羹」から始まったとの説があります。

この「櫻羊羹」の創業は森永惣吉という人で一説には大阪の虎屋という名代の菓子店から製法を習ったと伝えられています。「櫻羊羹」は赤小豆に紅色をおとしたものではなく、白小豆や大福豆など白いんげんに天然の紅を加えた羊羹で、その風合いは上品な生菓子の美しさをもった逸品でありました。

一方、村岡総本舗の羊羹は創業時の明治三十二年二月に羊羹作りの道具一式と製法を持ち込んだ陣内啄一によって長崎から伝えられたとされています。

明治から大正にかけて小城の羊羹作りは大盛況であり、競争も激しいものでした。また、小城以外の地域でも「煉羊羹」が作られ、商標争いがおこりました。その判決文中、小城羊羹に関する興味あることが記されています。

前略…小城産羊羹ハ明治四年初メテ製出セラレ其後年ト共ニ製造業者ヲ増シ近年益々其隆盛ヲ極ムルニ至リ其製品ハ九州一圓ハ勿論東ハ岡山姫路北ハ朝鮮南ハ臺湾ノ市場ニ於テ盛ニ取引セラルルニ至ル…
中略…明治二十七八年頃ヨリ製造家ノ大多数カ自己製品ノ大部分ニ小城羊羹ノ標章ヲ使用シ以テ今日ニ及ヘリ…後略

森永家で使用されていた包装紙を使った貼り箱「櫻羊羹」に対して、「小城羊羹」の名称をはじめてレッテルに取り入れたのが先々代の社長である村岡安吉でした。これは安吉が行商の際、行く先々で煉羊羹のことが「小城の羊羹」と呼ばれていたからだといわれています。

この「小城羊羹」の商標は、地名が入っているため村岡総本舗だけのものではなく、「小城羊羹協同組合」によって登録され、三十余の店がそれぞれの「小城羊羹」を販売しています。